スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

posted by: スポンサードリンク | - | | - | - | - |

王女の異常な感情。『ユーフォリ・テクニカ―王立技術院物語』


ユーフォリ・テクニカ―王立技術院物語
ユーフォリ・テクニカ―王立技術院物語
定金 伸治

19世紀末の叡理国。新世紀に繋がる新技術として注目を浴びる『水気』の研究者ネル・ビゼンセツリは、東洋人であるにも拘わらず、叡理国の王立技術院に講師として招かれ渡航を果たした。しかし、そこで待ち受けていたのは、紳士的な態度の裏で見え隠れする人々の冷ややかな視線。自国の誇りを第一とする、歴史の古い国ならではの明確な人種差別だった。
ところが、そんなネルのもとに一人の少女が押しかけてくる。ネルのファンだと話す少女は知識も情熱も体力も申し分なし。常識のなさと感情の起伏の激しさを除けば、研究者としてこれ以上望むものはない、といえるほどの人材だった。ただし、この国の王女であることを考慮しなければの話なのだが……。

作者はこの道15年のベテラン作家、定金伸治先生。
レーベルはC★NOVELSファンタジア(中央公論新社)
内容は、暴走王女天才科学者が血の滲むような努力の果てに『一つの成果』を手に入れるというもの。まさにプロジェクトXである。

本作の最大の魅力は、なんと言っても暴走王女の活躍だろう。
研究の成果を得るために彼女が起こす様々な行動は、恐らく、過去のどの作品のヒロインにも見られない常軌を逸したものがある。狂気、と言い換えてもいいぐらいだ。ストーカー行為だけに留まらず、彼女が行った立ち振る舞いにはおおよそ常識というものが当てはまらないのである。
だが、その異常っぷりが逆に、これだけの辛くて厳しい研究を成し遂げられるのだろうという奇妙な説得感を持たせているのだから面白い。とにかく、王女様の異常な情熱に支えられた作品だった。もちろんそれだけではないが。

本作品では、研究室に在籍した過去を持つという作者の経験が非常に生かされている。架空の技術である『水気』に関する設定や、その他の実在する技術に関する記述、そして研究室での苦労話などは、体験した者だけにしか分からない説得力がある。難しすぎてよく分からない部分もあったが、それはガジェットとして考えれば立派に役割を果たしていると言えるだろう。最後の方で駆け足になってしまった構成や、ご都合主義的な展開も少々目についたが全ては王女様の前では吹き飛んでしまうのである。変わったヒロインや、熱い技術者達のドラマをご所望の方にはお勧めの作品だ。
posted by: よしきち | ライトノベル感想 | 21:44 | comments(0) | trackbacks(3) | - |

悪意はどこまでも深く。『麗しのシャーロットに捧ぐ―ヴァーテックテイルズ』


麗しのシャーロットに捧ぐ―ヴァーテックテイルズ
麗しのシャーロットに捧ぐ―ヴァーテックテイルズ
尾関 修一

「見てはいけない」と言われれば、見たくなるのが人の気持ちというもの。ましてや、その対象が恋心を抱く相手となればなおさらだ。
メーネルト家にメイドとして住み込んでいるシャーロット・フェリエは、屋敷の当主であるフレデリックに仄かな恋心を寄せていた。彼は人形を愛するという変わった趣味の持ち主であったが、シャーロットに対しては優しく、まるで家族のような扱いで接してくれていたのだ。だが、彼には妻がいた。現在は病床にあり、もう何年も部屋に閉じこもったままの顔も見たことのない女が。
しかしシャーロットは、ある日フレデリックの妻を見てしまう。「見てはいけない」と言われていたあの部屋の奥で。それが全ての事件の根源とも知らずに……。

三つの時代を背景に語られる、人と人形とが生み出す愛と憎しみの物語。
作者は第6回富士見ヤングミステリー大賞で佳作を受賞した尾関修一さん。本作品はその受賞作でありデビュー作。ただし、漫画原作の賞でも複数の受賞経験を持つという実力派である。

ゴシックホラーに関する記述は本作品のあとがきの方がよほど詳しく記述されているので言及はしない(というか知らない)が、とにかくゴシックホラーの名にふさわしい作品と言っていいだろう。
作品の冒頭から始まるミスリード。騙されてはいけないと頭を振りつつページを捲るが、いつの間にか作品に夢中になっている自分がいる。さすが受賞経験のある作家さんだけに、文章が安定していて非常に読みやすいのだ。しかも、このジャンルの作品は登場人物にキャラクター性を持たせることが困難ではないかと思うのだが、本作品では見事にそんなことなど忘れさせてくれる。作品自体がキャラクター性を持っているといっても過言ではない。雰囲気にやられた感じだ。

先日に読んだ『僕たちのパラドクス』と本作を比べたとき、なぜ『僕たちのパラドクス』の方が大賞を受賞したのかを考えてみた。すると、何となくその理由が分かるような気もする。
いや、なぜ『麗しのシャーロット』が大賞に選ばれなかったのか、と言うべきか。何しろ本作は極めて大人向けな内容なのである。作風にしろ、描写の仕方にしろ、ドキッとさせられるものが多い。そして続編の作りにくいラスト。逆を言えば、本来のライトノベルの読者層には受け入れられにくいところがあるのかも知れない。
とはいえ、よしきちは大ヒット。ぜひ作者さんの次回作を読みたいものだ。
posted by: よしきち | ライトノベル感想 | 20:40 | comments(0) | trackbacks(9) | - |

少女の選んだ方法『イヴは夜明けに微笑んで』

イヴは夜明けに微笑んで
イヴは夜明けに微笑んで
細音 啓

赤・青・黄・緑・白。
五つの色の内いずれかを讃美し、詠うことによって召還を可能とする技術、名詠式(めいえいしき)。誰もが確立された五色の道を歩もうとする中で、たった二人だけ、別の色を欲した少年少女がいた。
少年は五色を使いこなす『虹色使い』を、そして少女はどの色とも違う『夜色使い』を目指していた。二人は互いを知り、認め合うと共に一つの勝負を思いつく。それは、どちらが先に自身の目的を達成するか。そして、先を越された方が成功した相手を迎えに行くという約束を結び、少年少女は別の道を歩む。
それから約十年の月日が流れたある日。名詠式の専修学校に通う少女クルーエルは、夜色の名詠式を学ぶ異色の転校生、ネイトと出会う。更には五色の名詠式を使う『虹色使い』まで学校に現れ……。

招き寄せたいものを、それと同じ色の触媒を通して召還する『名詠式』。それが技術として確立され、専修学校の就職先として実際に存在する世界の物語。詩的な讃来歌(オラトリオ)と、二人の間で交わされた切ない約束が織りなす召還ファンタジー。
作者は細音啓(さざね・けい)さん。第一八回ファンタジア長編小説大賞の佳作受賞作品だ。

序章で描かれる少年と少女の物語がとても切ない。
積み上げられた道を歩くのではなく、更にそこから翼を広げて飛び立とうとする二人の気持ちが静かに描かれているのだ。物語はここから始まり、そして本来の主人公達に受け継がれていくという構成。これは作品のスタートとしては成功の部類に入るだろう。
ただし、それ以降の物語の流れが少々惰性的なものを感じた。ラストに関しても、多くの人物に焦点を当ててしまったために、結末自体がぼやけてしまった感が否めない。
物語の構成上、仕方のないことと言えばそれまでだが、もう少し人物の焦点の当て方についてさじ加減を考えた方がいいのではないかと。デビュー作であることを考えれば、そういうことはこれから徐々に学んでいって欲しいところだ。いずれにせよ、今後が注目される作家さんであることは間違いないのだから。

無理だと知りながら、それでも成し遂げようと考え抜いたあげくに、約束の少女がどのような方法を選択したのか。この作品の見所は、彼女の選んだ方法にあるだろう。ぜひ、続編に期待したい。
posted by: よしきち | ライトノベル感想 | 21:37 | comments(0) | trackbacks(7) | - |

歴史に翻弄される二人『僕たちのパラドクス―Acacia2279―』


僕たちのパラドクス―Acacia2279
僕たちのパラドクス―Acacia2279
厚木 隼

タイムパラドクスや時空犯罪に対処するための専門組織『時空監査法院』に属する時空監査員、ハルナ・キリシマ。彼女の役割は荒事専門、つまり凶悪な時空犯罪者を適正に処理することだ。もちろん2006年の日本で起きた時空犯罪も、規定の5分という時間で十分処理が可能のはずだった。
はずだったのだが、高崎青葉という少年に現場を目撃されてしまい、オマケにもとの世界にも戻れなくなってしまうというハプニングが起きてしまう。自身の身に、そして未来の世界に何が起きたのか。青葉とハルナは協力して捜査を開始するが……。

タイムマシンによって引き起こされる時空犯罪や歴史改変を扱った、いわゆるタイムパラドクス作品。『戦国自衛隊』や『ターミネーター』に代表されるようなアレである。
作者は第6回富士見ヤングミステリー大賞で大賞を受賞した厚木隼さん。本作品はその受賞作でありデビュー作だ。

まずはこの作品の読後感だが、残念なことに共感を感じられるようなところはほとんど無かったと言っていい。
巻末のあとがきには、本作は作者が初めて書き上げた初投稿作品と書かれていたが、本当にその通りと言わざるを得ない出来だった。
文章の稚拙さ云々などの話ではなく、純粋に作品としての面白味が欠けているのだ。僕は話の内容さえ面白ければ文体などどうでもいい派なのだが、この作品に関してはどうも頂けない。
自分の興味のある分野に関しては結構詳しく書かれているのだが、それ以外の部分に関しては曖昧な知識で書かれた箇所が多過ぎる。加えて、緩慢な描写の戦闘シーン、理解しにくい表現、物わかりの良すぎる主人公に単純なヒロイン等々……。
物語の仕掛け自体はそんなに悪くないのに、これでは勿体ない。まるで『結末』に『過程』が振り回されてしまった、ある意味タイムパラドクスな作品と言えるのではないか。

……とまあ、ここまで書いておいて何をという話だが。

この意見はあくまで、さんざんアニメ見て小説読んで妄想ばっかりが発達してきた二十歳をとうに過ぎたオッサンの意見というやつである。本来のライトノベルの読者層である、中学生・高校生が読んでみてどうなのかまでは分からない。
読み口は軽いし、設定に関しても稚拙さはあるがよく練られている。SF世界への入り口的な作品と考えれば、そう悪いものではないのかも。そこのところの意見も知りたいところかと。

よしきちにとって、1本の小説を書き上げることの出来る人間は基本的に『すごい人』である。何百ページもの作品を完成させるのは非情に根気の要ることだし、そもそも長編小説を書こうと思い立つことすら、凡人である僕には難しいことなのだ。しかも、それで賞を取るということは何か光るものがあるからに決まっている。
この作品の作者は、幸か不幸か『初心者』だ。良質な作品に学び、きちんとした考証を行えば、今後は伸びるに違いない。本の帯に謳っている『ダイヤモンドの原石』ならば、きっとそうであると信じている。
posted by: よしきち | ライトノベル感想 | 20:40 | comments(0) | trackbacks(7) | - |

あの、帰らない日々。『クレイジーカンガルーの夏』

クレイジーカンガルーの夏
クレイジーカンガルーの夏
誼 阿古

1979年、中学1年の夏休み。
須田広樹は休みの初日に従兄弟である洌史(きよし)の些細な異変に気が付く。ガンダムの放送に一喜一憂していても、プールに行っても、友達とはしゃいでも、広樹は従兄弟の異変が気になって仕方がなかった。しかし、大人達はそんな広樹を「子供だから」の一言で片付けようとする。
やがて洌史の家庭の事情を知った広樹は、洌史・友人と画策して冒険の旅に出るのだが……。

少年達のちょっぴり切ない青春物語、といった趣の本作品。
おおよそ、ライトノベルが持っている要素をほとんど備えていないので買うときには注意が必要だろう。幼なじみの女の子も、許嫁の女の子も、ましてや転校生の不思議な女の子もまったく登場しない。ツンデレもだ。舞台は平凡な70年代の田舎町。登場人物は、少年4人とその他の大人達といった具合。ライトノベルを読むつもりでページをめくり始めた僕も、頭を切り換えるのには結構苦労してしまった。

作者は、これがデビュー作の誼 阿古(やしみ・あこ)さん。レーベルはGA文庫。
どうやら物語の舞台は作者自身の出身地らしく、なるほど、情景描写に関しては申し分のないほど雰囲気が出されている。まだ『家』という意識が残っていた当時の空気が、登場人物達の心に重くのしかかっている様子も、どこか自分が住んでいた土地を匂わせるもので、感慨深いものを抱いた。懐かしい、と言ってもいい。
登場する人物自体も、子供・大人に拘わらず誇張された部分がほとんど無く、物語の現実性を一層高めているのは確か。最後の方で、主人公を含めた幾人かの人間の本心がかいま見られる描写があるが、そこには一片の汚さや綺麗さも感じられない。とにかく、極めて普通の文学作品なのだ。

面白いか、と尋ねられたら微妙としか言いようがない。ウルトラマンやガンダム、当時の流行歌等を作中に取り入れるなど面白い試みも見られたが、ライトノベルを読み慣れた人にとっては少々重たい作品であることは確か。とにかく、ライトノベルのつもりで読まないことだ。
posted by: よしきち | ライトノベル感想 | 18:10 | comments(0) | trackbacks(2) | - |

可笑しくて、切なくて。『神様のメモ帳』

神様のメモ帳
神様のメモ帳
杉井 光

高校1年の冬、藤島鳴海は様々な人と出会う。
同級生の彩夏、ボクサー、ラーメン屋、軍人、ヒモ、ヤクザ、そしてニート探偵。
鳴海は戸惑いながらも、街のニート達との可笑しくて暖かい青春の日々を送り始めようとしていた。だがしかし、そんな彼に忍び寄る違法ドラッグの影は、非情で、暖かみの欠片も持ち合わせていなかったのだ。
ニート探偵のアリスは、追いつめられた鳴海に非情な真実を突きつける。はたして、街のニート達は物語をどう導いていくのか……。

涙。
不覚にも涙である。
こんなにも可笑しくて切ない青春は、どうも自分には耐えられそうもない。
いや、もう僕はとっくに青春を通り過ぎたオッサンなのだけど、この小説の主人公が直面する青春は、それを忘れさせてくれるほどに切なくて、それでいて清々しいのである。

作者は第十二回電撃小説大賞で銀賞を受賞した杉井 光氏。
自らをニートと呼称する面白い作家さんだ。当然ながら作中に登場するニート達は誰もがリアルで、誰もがそれぞれのスタンスを持って生きている。中でもニート探偵を名乗るアリスという少女はインパクト強大。実際には存在しないだろうと分かっているのに、それでも存在して欲しいと願ってやまない魅力を持っている。

追いつめられ、ボロボロになった主人公が、最後にたどり着く場所。
そこはきっと、普通の人生を歩んできた人間なら誰もが行ったことのある場所であり、誰もが観たことのある光景だろう。そこで得た主人公の答えにぜひ耳を傾けて欲しい。残酷で美しい、その真実に。

ps,かったるい夜勤をステキな夜に変えてくれた本作に感謝。
posted by: よしきち | ライトノベル感想 | 15:53 | comments(0) | trackbacks(7) | - |

1月新作アニメ『のだめカンタービレ』第1話

放送から約1週間目にしてようやく視聴。
どうも自分の好きではないジャンルは気後れがしてしまう。特に「大人向け」といわれる作品は苦手なのですよ……。

感想としては「良質な作品」の一言に尽きる。
『ハチミツとクローバー』の監督で知られるカサヰケンイチ氏を起用し、以下のスタッフロールには、ベテラン脚本家の金春智子氏、美術監督には『ルパン三世 カリオストロの城』ほか数々の作品で知られる超ベテラン小林七郎氏などのビックネームが名を連ねる。これで良作にならないはずがない。音楽に対しても並々ならぬ力が注がれているようなので、さすが話題作といったところか。

音楽に関してちんぷんかんぷんな自分が、どこまで楽しんで視聴できるのか。今後の展開に注目していきたいところ。
posted by: よしきち | アニメ感想 | 23:15 | comments(0) | trackbacks(1) | - |

1月新作アニメ『月面兎兵器ミーナ』第1話

汁実!
じゅうじつって何ですか先生!
そこのところが気になる今日この頃。どうも、よしきちです。

制作がゴンゾだけに、『ひまわり!!』同様CGだけが無駄に充実しているアニメ。
この制作会社は作画に関していまいち信用ならないので、第1話のクオリティについては言及しません。スタッフにしても名のある人間を掲げていたりするけど、実際の制作に関わるような人たちではないと思われるのでこれまた言及ナシ。

元々はドラマ『電車男』の作中アニメだったが、視聴者の要望によりテレビアニメ化の運びとなった経緯を持つ本作品。
よしきち的にはいまいち中途半端な感じが否めない。まだ第1話だからというのもあるだろうけど、お色気に走るにせよ、アクションに走るにせよ、成長物語にするにせよ、感情移入のしづらい作品ではないかと。
まあ、肩の力を抜いて観賞すればそれなりに楽しめるのだろうけど、結局それ以上のものは望めないアニメであるような気がする。

ただし、中田譲治さんの一人二役は別だ。
あれだけで僕はこのアニメを見続けることが出来るぞい。
posted by: よしきち | アニメ感想 | 22:00 | comments(0) | trackbacks(2) | - |

そうして過ぎていく【後編】

 その夜、フェイツェは腹部の鈍痛で目が覚めた。

 壁に掛けられている時計を見ると、夜明けまでまだ少しある。
 今夜は久しぶりに仕事がこなかったので、いつの間にかグッスリと眠ってしまっていた。彼女にとって、こんな静かな夜は、本当に久しぶりのことだった。
 上体を起こすと、微かにベットが軋んだ。隣の部屋の扉を見やると、隙間から漏れていた明かりが消えている。男は随分と遅くまで起きていたようだったが、さすがに寝てしまったらしい。

「……あのお部屋のベットは、お仕事用ですから、きっとよく眠れるのですよ」

 フェイツェは一緒に寝ていた姉様を抱き起こした。
 窓の方を見ると、ガラスの表面には紅い目をした少女の姿が映っている。
 自身の記憶が確かならば、今年で15才になっているはずだった。その割には、顔立ちが大人びて見える。髪を下ろしている所為かもしれなかった。或いは、身にまとった派手なスリップドレスの所為か。
「あの人、明日にはここから出て行ってしまうそうです。悲しいのですよ、姉様」
 少女は姉様を抱きしめると、堪らなく寂しそうに呟いた。
「別に……姉様とのお話に飽きてしまったわけではないのですよ。ただ、私の体ではなく、私の料理を『おいしい』とほめてくれたのはあの人だけでした。……それに、もっともっと、あの人のことが知りたいのです。この街ではない、別の世界のこともたくさん――。え? 一緒に行けばいいじゃないかって? だめ、だめなのですよ、それは。だって、私はお祖父様のご飯を作ってあげなければならないし、お祖父様の排泄物を取り替えてあげなければならないし、お祖父様のお部屋を掃除してあげなければならないし……」
 そこで声が消え入りそうになる。だが、
「無理……なのですよ。お祖父様は一人では何もできないのですよ。私がいなければ――」
 突然、フェイツェは目を見開いた。
 気が付けば、再びクローゼットの中であの耳障りな音がこだましていた。最近になって、随分とビープ音が鳴る回数が増えてきていた。脳の思考力が衰えてきている、と定期的にメンテナンスにやってくる義体医師は言っていた。そうか、これが。
 何故か、ガラスに映った深紅の瞳が、一層濃くなったような気がした。
「……そっか。そうですね」
 穏やかに、確かめるように頷いてから――それから、少女の体はゆっくりとベットの中から抜け出していた。
「やっぱり、姉様は天才なのですね」
 
* * *

 翌朝、男はゴーグルに似た奇妙な機械を目に装着して部屋を出てきた。視覚サイト、というのはどうやらそれを指すものらしい。
 もう、フェイツェが手を引かなくても自分で歩ける様子だった。
「世話になったな。これは礼だ。少ないがとっておくといい」
 男はせっかく用意した朝食を断った。
 その代わりに、ズボンのポケットから束になった紙幣を取り出すと、それをポンとテーブルの上にのせた。それは、少女が一年間、身を粉にして働いたとしても稼ぎ出せないほどの大金だった。
「そんな――! こんな大金、受け取るわけにはいかないのです!」
「気にするな。そのうちいやでも必要になってくる。何しろ君は失業してしまったんだ」
「私が……失業?」
 男の言葉にフェイツェは首を傾げる。
「君に仕事を斡旋していた男がいたはずだ。――そう、12番街のレオと言ったか、その男が昨日、バックに付いていた組織の事務所ごと木っ端微塵に吹き飛ばされてしまったのさ。もちろん、原因は不明だがね。警察の方でも目立った捜査はしていないようだ、組織同士の共食いってことで落ち着くんじゃないかと思う。随分とあくどいことをしていたようだし、自業自得というものさ」
「……そう、ですか」
「随分と落ち着いているな。まあ、人生というのはそういうものだ。何かをやり遂げたと思ったら、いつも何かが変わってしまっている。俺はそう言う経験を何度も繰り返してきた」
「あの――」
「ん、何だ」
「これから、どこまで行くのですか?」
「さあな、気ままな男の一人旅だ。取り敢えずは視覚サイトの本格修理をしなきゃならんから、東の都市でも行こうかと考えているが……」
「でしたら……でしたら私も連れて行って欲しいのです」
「馬鹿を言うな。俺は君の客でも何でもないんだ」
 コートを羽織りながら、男は言った。
「違います! 私はただ――。ただ、この街を出たいのです。かごの中の鳥みたいに外の世界に憧れ続けて、外のことばかりを考えながら死んでいく人生はいやなのです。だからお願いなのです。一緒に、連れて行って欲しいのです」
「正気か、君は? 自分の街を出るなんて、自殺行為も甚だしいぞ」
「何でもします! 料理だって作れます! 洗濯だって、縫い物だってできます。あなたが命令するなら盗みもします、お薬だって作れます。なんなら夜の――」
「それ以上言うな」
「いいえ、死んでしまったって構わないのです! ここではないどこかで、少しでも生きることができるのなら、私は死んでしまってもいいのです!」
「馬鹿な。第一、君には――」
 そこで何かに気が付いたのか、男の口の動きが止まった。
「姉様が教えてくれました、どうすれば私がこの街から出られるのか。一つはもう、解決しているのです。もう一つの問題だって、たった今解決しました。だって、私はもう、あの男の斡旋で仕事をしなくてもいいのですから。私は自由に飛ぶことが出来るのです」
 そう言って、フェイツェは男の目の前でくるりと舞った。彼女の、紅いスリップドレスの裾がフワリと持ち上がる。
「……一つ、尋ねたいことがある」
「何でしょう」
「さっきからこの部屋に漂う臭い――これは何だ?」
 男は尋ねた。
 部屋の中にはツンとする刺激臭が漂っていた。それは義体脳の保存に使われる酢酸カリウムの刺激臭に似ていた。微かな、生臭い臭いも入り交じっている。
 特に、キッチンの側に置かれたゴミ箱がその元凶らしい。蓋の隙間から、真っ赤に染まったキッチンペーパーの切れ端が覗いている。
 嗅いだことのある臭いだ、と男は呟いた。

「さあ? 多分、昨日のお魚の臭いでは? それがどうかしたのですか」

 少女は何の躊躇いもなく答える。しかし、その視線が一瞬だけ、ゴミ箱の方を向いたことを男の視覚サイトは見逃さなかった。
「いや……何でもない。そうか、そんなものなんだな」
「そうです。そんなものなのです……ねえ、姉様?」
 フェイツェはそう言って、姉様の体を抱きしめて笑った。
 それは昨日と同じ、花の綻ぶような笑顔。
 男はその様子を見て、握っていたドアノブからゆっくりと手を離した。そして静かに、口を開いた。
「俺の名は、アーヴィングだ。ソロ=アーヴィング」
 そう言ってから、小さな溜息を一つだけ吐いた。
「ついてくるなら、そうすればいい。ただし、早くしてくれよ。なにせこの街じゃ俺は、まるでお尋ね者みたいなものだからな」

【完】
posted by: よしきち | 雑記 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - |

奈須きのこ最新作『DDD 1』

DDD 1
DDD 1
奈須 きのこ

もはやライトノベルに分類できたものか。
『月姫』や『Fate/stay night』のシナリオライターとして知られる奈須きのこ先生の最新作である。

A(アゴニスト)異常症患者と呼ばれる奇病、いわゆる『悪魔憑き』が蔓延るようになった世界。C県支倉市という地方都市を舞台に、左腕を失った主人公、石杖所在(いしづえ・ありか)と四股を持たない不思議な屋敷の主、迦遼海江(かりょう・かいえ)が出会う奇妙な事件を描くというもの。

『空の境界』でも感じたことだが、まさにジグソーパズルのような小説である。しかも、そのピースの幾つかに偽物が散りばめられているのだから始末が悪い。
まったく奈須きのこ先生を知らない人間にとっては、読みづらいとしか言いようのない文体、独特の台詞まわし、めまぐるしい場面転換のオンパレード。なれた人間でもこの世界観に浸るためには結構な根気が必要だろう。だが、物語も半分を過ぎると俄然、面白くなってくる。終盤になればもう、絶好調だ。ヒャッホーイ! 
空の境界とは違う、より一層俗世に近づいた作品、とでも言うべきか。とにかく面白いのである。明日(というか今日)は仕事だというのに午前零時をまわってもまったく読み進める手に止まる気配無し。←マアイイカ
とにかく圧巻としか言えない。ぜひご一読を。

余談。
物語の舞台となるC県支倉市というのは、恐らく千葉県佐倉市がモデルではないかと。
いや、読み進めれば読み進めるほど奇妙なデジャビュに襲われて。幾つかの地名と立地条件を照らし合わせたらどうしてもそうとしか考えられない。
いや、そこに住んでいた人間だから間違いないと思うのですよ、はい。
posted by: よしきち | ライトノベル感想 | 01:35 | comments(4) | trackbacks(4) | - |